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跪いて靴をお舐め

ようこそ。 ハイジとねおんが綴る日常という名の乳繰り合い。
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03.14.22:02

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  • 03/14/22:02

03.03.15:51

Doubt…2


君が僕にとって特別な人になったのは
君とのつながりが見えたから
手に入れるなら、どんなことでもしよう
これは僕の、とっておきのチャンスなのだから。


●Doubt…2

コーヒーの香りに包まれた、8人掛けのカウンターと3人掛けのボックス席が二つだけあるバーだった。
中も外同様に、コンクリートの打ちっぱなしであったが天井が高く、吹き抜けとなっている。
昼間は天窓から光が入るのであろう、その効果は夜まで続くらしい。
店全体は暖かな暗いオレンジの光が満ちていたが、反対に多くのリキュールが並ぶ棚は、
煌々と照らされ神秘的な空気を帯びている。
その一帯だけ、アルコールを含んだ帯をまとっているようだった。

『いらっしゃいませ。』

再び落ち着いた声がかかった。

『おひとり様ですか?』

スレンダーなバーテンダーが一人、カウンターの中に立っていた。


『あ、はい。』

『お好きなお席へどうぞ。』

そういわれて俺は、真ん中より一つ左側の椅子に座った。

テーブルは光沢のある一枚板で、ゴールドテープで細く縁どられている。


背もたれは極めて低く、紅色のビロードの椅子が並ぶ。

これなら長時間いたとしても、腰が痛くなることはなさそうだ。

『どうぞ。』



俺が店内をなんとなく見渡していると、バーテンダーから白いおしぼりを手渡された。

少し熱い。

その後メニューを手渡される。

俺は健全な大学生であるからして、バーなんぞにはあまり行ったことはない。
よって、カクテルなんてカルーアミルクとかカシスオレンジとかしかしらない。
俺は一生懸命、先輩に連れて行ってもらったバーで飲んだものを思い出す。
うーん、うーん…


「ここはな、ビールがうめぇんだよ!」


違う、この記憶じゃない。


「お前さぁ‥‥ノリコはやめとけって。な?」

これでもない。失礼だし。

「お前はジンとか辛い酒が好きなんだから…。」
そうそう!こういう記憶!

俺はパラリとジンのページをめくる

ジン…ジン…ジ、あ、これ見覚えある。

メニューをパタンと閉じて、さも「最初からこれ狙ってました」的な顔で頼んだ。
『ギムレットを。』

バーテンダーは恭しく頭を下げる。
『かしこまりました。』
ニコリともしないが、暖かな雰囲気である。


バーテンダーは、ジンと何かをメジャーカップに入れ、シェイカーを振った。



カシャシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャッッ!!



ピタリと顔の横で止まったシェイカーはすべての音を止める。


俺には混ざったのか混ざってないのかなんてわからない。

ただ、このバーテンダーがいいというなら良いのだろう。



俺の前にすっとコースターを置き、その上にショートグラスを滑らせる。

少し高い位置からカクテルが注がれ、もう少しであふれそうといったところで

カシャンッ

とシェイカーの口を振り上げる。

最後に薄く小さなライムの皮を四方からしぼり、香り付けをする。



『ギムレットでございます。』

透き通りそうな白濁の飲み物は、ライムが一つ添えられている。



『香り付けのため、最後にライムを絞らせていただきました。』

『あ、ありがとうございます。』




俺のほかに客はいない。


よく冷えたグラスに口を付けると、ツンとした酸味とジンの辛さがのどを冷やした。

『おいしい…です。』


(本当に、なんで。)

前に飲んだ時はこんなんじゃなかった。もっと、こうモッタリとした、爽快さとは無縁のものだった気がする。

『こんなにさわやかでおいしいものなんですね…俺、もっと違うものを想像していました。』


俺が驚きながら話しかけると、バーテンダーは話始めた。
『ありがとうございます。』

その声は低いなかに艶っぽさがあり、不思議と引き込まれるようであった。

『そもそもギムレットは、1890年ごろ、イギリス海軍の軍医であったギムレット卿が、艦内でのジンの飲み過ぎを憂慮し、健康のためにライムジュースを混ぜて飲むことを提唱したことが起源とされています。』

『さらには』

バーテンダーが微笑む。

『ギムレット(gimlet)が円錐や三角錐などの錐の意味であることから、その味の突き刺すような鋭いイメージから命名されたという説もございます。』

『へぇ…。』

『ですからお客様がおっしゃったように、爽快で飲みやすいものであることが、ギムレットの条件なのでございます。』

ニコリとバーテンダーが笑い、『バーテンダーとして、嬉しいお言葉です。』と付け足した。

俺はカクテルのうまさと、バーテンダーの落ち着いた柔らかさにほだされて

『あの…初めて来たお店でこんなこと言うのもあれなんですけど…』

今日あった不幸を全部話した。

全部を事細かに話したはずなのに、15分ぐらいしか時間は経っていなかった。

バーテンダーは一切口を挟まず、時たま頷くくらいであったが、俺は話し切ったことに満足をしていた。


俺の今日の不幸は、話してしまえば延べ15分程度のものだった。

『――つまり。』

バーテンダーは俺が話し終えたことを確認しながら口を開いた。


『お客様は、今日大変な思いをされてきたわけですね。』

物々しくそういわれると、そんな気がする。
そんな気がしてきた。

なんだか泣きたくなってきた。


『話は変わりますが。』


え、変わるの!?
俺の不幸はノーコメントなわけ!?


『お客様はカクテルの由来を御存じですか?』


『え…?カクテル…?え、いや、あの、…知りません。』


(突然なんなんだ.)



『諸説はございますが、その中の一説として。』




バーテンダーは突然話始めた。



『これはいわゆる「四角軒」説でございます。

アメリカ独立戦争の折、ニューヨークの北にイギリスの植民地がございました。
町の名はエムスフォードといいましたが、独立戦争の折、騎兵隊員であった夫を亡くしたベッチー・フラナガンが、この町で「四角軒」というバーを経営しておりました。
彼女は独立派側に与しており、独立軍にオリジナルのミクスト・ドリンクを振舞っていました。

これは褒められた行為ではありませんが…まぁあくまで一説としてお聞きください。

あるとき、彼女は反独立派側に属する人間の屋敷に忍び込み、立派な尻尾を持つ雄鶏を盗み出します。
盗んだ雄鶏はローストチキンに、その尻尾は酒壷に飾られました。

その夜も、独立軍の兵士達は四角軒で、ローストチキンをつまみに酒を飲んでおりました。

ある将校がおかわりをしようとした際、酒壷に飾られた雄鶏の尻尾に気付きます。

「ずいぶん立派な雄鶏の尻尾じゃないか。一体どこから手に入れたんだ?」

すると彼女はこう答えました。

「失敬したのよ。イギリス男の家からね。」
 

自分たちが口にしていたローストチキンの正体を知った兵士達は、高らかに叫びました。

「Viva cock's tail!(コックテール、万歳!)」

以来四角軒で振舞われるミクスト・ドリンクには「コックテール」、雄鶏の尾の名が与えられ、その名が広まっていったとされています。

その名が変化し、カクテルとなったのです。』

バーテンダーは満足した様子で語り終わった。


『あ・・・・はぁ。』

俺には一体全体どこからカクテルの由来がでてきたのかわからなかった。
俺のさっきの話とどう結び付くの!?
それとも俺の話そんなにつまんなかった!?

ちょっと空気悪くなっちゃったから、うんちく披露しようか的な流れ!?
え?え?え? 俺気ぃ使われてるんですか?

あ―――、ナ―――ンデ――――!!??


ぐすん…。


そんな俺のプチパニックの状態を察したのか
バーテンダーは苦笑いしながら

『四角軒の女性は、ささやかな反撃をし、素晴らしき宝を奪ったのです。
泥棒という行為にも関わらず、今日のカクテルの一説として名を遺しております。

それが本当に意味があるのであれば、手段などどうでも良いということだと私は考えております。』

といった。



その時の俺には、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

すきっ腹に飲んだ強いカクテルは、脳を直接揺さぶるように俺を酔わせる。


カラン…


重たいベルの音が響く。

だれか来たんだ。


『いらっしゃいませ』


カツンカツンと靴のなる音がする。

『一人。いつもの』

ぎりっと椅子のなる音がする。男の声は高くも低くもなく、なんの印象も与えない奴だった。

おしぼりを手渡したあとに、『かしこまりました』とバーテンダーは言った。





カシャンカシャンと、シェイカーを振る音がし、そして止む。


俺の時と同様にコースターを滑らし、ロンググラスを置いた。


視野の端っこでその様子をとらえながら、少しぬるくなったギムレットをちびちびと飲んでいた。


*************************


ギムレット
・ジン…全体の3/4
・ライム…全体の1/4
作り方
1.シェイカーに材料をすべて入れる
2.シェイクし、カクテルグラスに注ぐ


作り手によりレシピの異なるカクテルの代表例となっている。コーディアル(甘みを加えたライム)のみの使用なら、色は淡く透明なグリーンであるが、果汁を使うと白濁色となり、見た目のイメージも異なる。
まったく甘味を加えないドライなカクテルとして作られることもあるが、多少の甘味を加えるのが主流である。


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